平松大使によるObserver Research Foundationでの講演
平成28年7月11日
6月7日、平松大使は当地シンクタンクObserver Research Foundation(ORF)において"Challenges and Prospects of Japan's Diplomacy - in the context of India-Japan relationship - "と題する講演を行いました。講演の概要は以下のとおりです。
【平松大使講演の概要】
自分(平松大使、以下同じ)は昨年11月に着任し、半年が経過したばかりであるが、日印が真のパートナーとなり、日印関係が新たな段階に入ったことをはっきりと実感している。
日印は、多くの文化的共通点を有しており、6世紀に仏教がインドから日本に伝えられた他、ヒンドゥー教と神道は自然への敬意等多くの共通点を有する。また、両国は真の民主主義及び人権、国際法の尊重、法に基づく秩序、航行の自由、開かれた貿易体制等の基本的価値を共有する。今後日印関係がさらに発展する上でこうした基本的価値を共有していることは非常に重要である。
日印はまた、経済面でも相互補完関係を有する。日本は、製造業におけるハイエンドの技術、職場規律、発達したインフラを有する一方で、人口減少という問題を抱え、これにいかに対処していくかが重要な課題となっている。日本の国内市場には限界があり、日本は海外でのビジネスの機会を必要としている。他方インドは、才能にあふれた向上心の強い若者人口を擁し、特に製造業におけるFDIを必要としている他、高速道路、衛生、農業等のインフラ開発も必要としている。日本はモディ首相が主導するメイク・イン・インディア等のイニシアティブを支持しており、両国は互いに相手を補完できる関係にある。
日印関係において最も重要なことは、両国が戦略的価値及び利益を共有していることである。グローバルなパワーバランスの変化が認められ、特にアジアの戦略的環境はより複雑化、グローバル化したものとなっている。日本は自らの抑止力及び自衛のため戦略的パートナーを必要としており、同じことはインドにも言える。両国はまた、海洋安全保障上の利益も共有し、インド洋から南シナ海、東シナ海を経て日本に至る重要なシーレーンにおいて平和な状態を維持することが不可欠である。2007年、第一次安倍政権時、安倍総理がインド国会において「二つの海の交わり」と題する演説を行った。この中で安倍総理は、二つの海、すなわちインド洋と太平洋の平和と安定は日印の繁栄と安全にとって重要であると述べた。このことは、現在より当を得ている。
自分はインドに来る前、日本の新たな安全保障政策の策定に関わっていたため、これについて簡単に触れたい。日本の新たな安全保障政策の基本的考えは、国際協力の原則に基づく積極的平和主義であり、2013年に閣議決定された国家安全保障戦略が基本文書となる。国家安全保障戦略が策定されたのは日本で初めてのことであり、安倍総理の強いリーダーシップにより実現した。安全保障政策の見直しの背景にあるのは、パワーバランス及び地域の安全保障環境の変化である。東アジアには大きな軍事力を有し、それを更に拡大している国がある。ご承知のとおり、北朝鮮は本年1月に核実験を、2月に長距離ミサイルの発射を実施し、日本にとって深刻な脅威となっている。こうした問題に対処する上で、この地域にはNATOやOASのように制度化された安全保障協力枠組が存在しない。ARFは基本的には信頼醸成のための協力枠組であるため、地域の安全保障確保のためには、引き続き日米同盟が重要となる。我々は米国のリバランスを歓迎する。
日本はまた、グローバルな平和と安定のためにより積極的役割を果たすことが期待されている。
国家安全保障戦略は、一国のみで自国を防衛することができる国はないとの認識の下、日米同盟によって担保される抑止力の重要性に言及するとともに、特にインドや豪州といったパートナーとの信頼関係と協力を深化させる必要性を謳っている。インドとのパートナーシップがさらに強化されることを期待する。
国家安全保障戦略においても、平和を愛する国という日本の基本姿勢に変化はない。すなわち、日本は軍事大国にならず、専守防衛に徹し他国を侵略せず、非核三原則を維持する。
こうした安全保障戦略をいかに政策に転換していくかについて政府内で活発な議論が行われ、新たな平和安全法制が策定された。日本人の生命と平和な暮らしを守るためにいかなる事態にも切れ目のない対応が必要である。これまで、武力の行使は日本に対する武力攻撃が行われたときのみ可能であると解釈されてきたが、日本を取り巻く困難な状況に鑑み、ある国による第三国への武力攻撃が日本の生存を脅かす等の例外的状況において、集団的自衛権の行使が可能であるとの解釈に変更した。また、PKOやその他多国籍作戦にも、戦闘作戦に関わらない形でより積極的に関与することが可能となった。
このため、日米同盟の強化とともに、インドや豪州とのパートナーシップを拡大強化することが求められる。国家安全保障戦略の中で、インドは、高い経済成長や潜在的経済力を有し、地政学的にも重要であり、日本は海洋安全保障等幅広い分野でインドとの関係を強化していくと述べられている。
国家安全保障戦略は、軍事等ハードな安全保障のみならず、気候変動、貧困対策、保健、女性のエンパワーメントといった地球規模問題への貢献の重要性も謳っている。
日印は2014年のモディ首相訪日時に、特別な戦略的グローバルパートナーシップとなり、昨年12月の安倍総理訪印時に日印ヴィジョン2025が発表された。両首脳が合意した内容を今後着実に実行していきたい。日印ヴィジョン2025は内容が多岐にわたる行動志向の文書である。パートナーシップに関して議論するだけでなく、実際の行動に移し、視覚化することが重要である。安倍総理は日印関係ほど発展の可能性を秘めた二国間関係は他にない、両国関係は新たな段階に入ったと述べた。自分は着任して半年であるが、両国の緊密な関係を日々実感しており、安倍総理のこの発言はまさにその通りであると感じている。
昨年12月の安倍総理訪印時、日本がマラバール海上共同訓練に毎年参加することが決定された。マラバール訓練は、今週6月10日-17日、佐世保から沖縄東方海域において実施される。両国はまた、防衛装備品・技術移転協定及び秘密軍事情報保護協定に署名した。現在、どのような装備品、技術を移転するかについて議論が行われており、具体的な成果が出されれば、より強固な安全保障協力につながるものと期待される。US-2に関しては、インド側が決定を下すことを待っている。
日印間には、海洋安全保障に関する対話及び協力が定期的に実施されており、自衛隊とインド軍の共同訓練やスタッフトーク、海上保安庁とインド沿岸警備隊の共同訓練が行われている。我々は、南シナ海において平和が維持され、UNCLOSを含む国際法が遵守されることを望んでおり、インドとも認識を共有している。
外務次官レベルでの戦略対話がより頻繁に実施されていることも喜ばしい。軍同士でも対話が行われており、戦略対話のレベルと深さが増していると感じている。さらに、日米印、日豪印といった3カ国の対話も、回を追うごとに深化していると感じている。昨年9月、国連総会の際、日米印の外相が共通の関心事項について話し合うため初めて会談した。
2015年度の日本の対印投資額は26億ドルであった。これは前年度の20億ドルから6億ドルの増額であり、喜ばしい。安倍総理は、2014年のモディ首相訪日時、5年間でインドに3.5兆円投資し、5年間で民間投資額を倍増させることを約束した。3.5兆円の投資には民間の投資のみならず、インフラプロジェクト等インドが必要としている分野へのODAも含まれる。日本はインド製造業における最大の投資国の一つであり、メイク・イン・インディアに大きく貢献している。メイク・イン・インディアに並んで重要なのが「エクスポート・フロム・インディア」である。インド市場に参入して30年以上になるスズキは、今年に入ってから、インドで製造した自動車の日本への輸出を開始した。スズキにとって初めての試みである。日本の市場は消費者の要求レベルも高く競争が激しい。インド産自動車がこのような日本市場で受け入れられる基準を満たしているというのは非常に喜ばしい。スズキの対日輸出は、メイク・イン・インディアとエクスポート・フロム・インディアの非常によい例と言える。
高速鉄道は日印の協力事業の象徴的事業である。二度の合同委員会が開かれ、東京での会合にもインドから次官レベルの出席があり、インドがこの事業を重視している姿勢が表れている。
日印原子力協定に関しては、安倍総理訪印時に原則合意に達した。現在、必要な国内手続きに関するものを含む技術的な詳細を調整しているところである。
メトロに関する協力も拡大している。メトロは、チェンナイ、アーメダバード、ムンバイ、ベンガルールといった多くの都市に拡大しており、日本はこれに財政支援を実施している。
日本からの投資拡大に向け、投資家にとってより魅力的な環境が整うことを期待している。日本からの投資拡大に向けたビジネス環境の整備に関し、自分はインド政府関係者と頻繁に話し合っている。
積極的平和主義の重要な柱として、地球規模問題への積極的貢献が挙げられる。自分は5年前、気候変動交渉を担当しており、関係国特にインドとは非常に厳しい交渉を重ねた。日印は、気候変動に加え、WTO、SDGでも協力できる。また、安保理改革での協力はより重要であろう。昨日、安保理改革に関するG4局長級会議が東京で実施された。EAS、ARF等の地域フォーラムでも協力している。日本はインドのAPEC加盟を支持しており、インドが近いうちに加盟することを望んでいる。
日印双方の人々がお互いの理解を深め、観光等、日印間の人と人との交流がさらに拡大することを期待する。観光客数はまだ低調であるが、インドの人々に日本の美しい風景やホスピタリティ、日本の食べ物について知っていただきたい。日本大使として両国間の観光促進に尽力したい。


